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福岡高等裁判所 昭和55年(ネ)787号 判決 1984年4月26日

第七七六号事件控訴人(被告) 国

訴訟代理人 麻田正勝 大串法光 外五名

被控訴人(原告) 本田昭男外一名

第七八七号事件控訴人(原告) 本田昭男

被控訴人(被告) 国 外二名

第七八八号事件控訴人(原告) 田中義己

被控訴人(被告) 国 外二名

第六八九号事件申立人 国

被申立人 本田昭男外一名

主文

一  原判決中一審被告国敗訴の部分を取消す。

二  一審原告らの一審被告国に対する請求を棄却する。

三  一審原告らの一審被告らに対する本件各控訴を棄却する。

四  一審被告国の民事訴訟法第一九八条二項の原状回復等の申立により

1  一審原告本田昭男は、一審被告国に対し、金二四七万〇、一五八円及びこれに対する昭和五五年一二月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告田中義己は、一審被告国に対し、金二二八万七、一三四円及びこれに対する昭和五五年一二月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  一審被告国の一審原告本田昭男に対するその余の申立を却下する。

五  訴訟費用のうち、一審原告らと一審被告国との間に生じた部分は、一、二審を通じて全部一審原告らの負担とし、一審原告らと一審被告前原清司、同岡山信一らの間に生じた控訴費用は、一審原告らの負担とする。

六  本判決主文四項の1、2は、仮りに執行することができる。

事実

一  当事者双方の申立

(一審原告ら)

1  (一) 原判決中一審被告国に関する部分を次のとおり変更する。

(二) 一審被告国は、一審原告本田昭男に対し金五五一万九、九八九円及びこれに対する昭和五一年四月九日以降、一番原告田中義己に対し金五七四万二、四一七円及びこれに対する昭和五一年四月二日以降各支払いずみまで夫々年五分の割合による金員を支払え。

2  (一) 原判決中一審被告前原清司、同岡山信一に関する部分を取消す。

(二) 一審被告前原清司、同岡山信一は、各自、一審原告本田昭男に対し金五五一万九、九八九円及びこれに対する一審被告前原清司は昭和五一年四月七日以降、一審被告岡山信一は同月一〇日以降各支払いずみまで夫々年五分の割合による金員を、一審原告田中義己に対し金五七四万二、四一七円及びこれに対する一審被告前原清司は昭和五一年四月二日以降、一審被告岡山信一は同月三日以降各支払いずみまで夫々年五分の割合による金員をいずれも支払え。

3  一審被告国の一審原告らに対する本件各控訴を棄却する。

4  一審被告国の民事訴訟法第一九八条二項の原状回復等の申立を却下する。

5  訴訟費用中控訴に関する部分は、第一、二審を通じて全て一審被告らの負担とする。

6  前記1、2の各(二)につき仮執行宣言。

(一審被告ら)

一審被告国

主文一ないし三項、四項の2同旨及び民事訴訟法第一九八条二項の原状回復等の申立として「一審原告本田昭男は、一審被告国に対し金二五七万〇、一五八円及びこれに対する昭和五五年一二月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。」並びに主文五項同旨の判決と金員の給付を命ずる部分につき仮執行宣言。

一審被告前原清司、同岡山信一ら

主文三、五項同旨の判決

二  当事者双方の事実上の陳述と証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示及び原審、当審記録中各証拠目録に記載のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決四枚目裏三行目の「ものである。」を『ものである。」』と訂正し、同五行目の「一二月二七日」とあるのを「一二月二六日」と訂正し、原判決一六枚目裏五行目の「7 同10の主張は争う。」とあるのを「7 一審原告らが、本件休職処分がなければ、同期間中得られたであろう本俸、調整手当及び期末手当の推計総額並びに右期間中一審原告らが一審被告国から現実に支給された金額が原判決請求原因10に記載のとおりであることは認める。請求原因10のその余の主張は争う。」と改める。)。

1  一審被告ら

(一)  起訴休職(国家公務員法……以下法という……七九条二号)は、国家公務員(以下単に公務員という)たる職員が刑事事件に関して起訴されたことを唯一の法律要件として、当該職員の身分を保有させながら一時職務に従事させないこととする制度である。

即ち、公務員は、全体の奉仕者として(憲法一五条二項、法九六条一項)、公共の利益のために勤務し、かつ職務の遂行にあたつては、全力をあげてこれに専念すべく(法九六条一項、一〇一条一項)、また官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない(法九九条)。しかして、刑事事件で起訴されるということは、我国における有罪率の高さからみても、相当程度の強い客観性をもつて公の嫌疑をうけていると社会からうけとめられるのであり、また刑事被告人は公判期日における出頭、公判準備等のため、または事件によつては勾留されているため、そうして禁錮以上の刑に処せられた場合はその執行を終わり又は執行を受けることがなくなるまでの間は公務員の欠格条項に該当するため(法三八条一項二号)、刑事被告人たる職員をそのまま職務に従事させるときは、職場の秩序保持や規則の維持に弊害を生じ、公務、官職の信用を失墜し、あるいは当該職員に職務専念義務の遵守を期待し得なくなる。よつてこれら弊害を防止し、公務、官職の信用を保持し、職務専念義務の遵守に障害ある状態での執務を排除するため、公務員が刑事事件に関して起訴されたときは、原則として休職を命ずるのである。

(二)  起訴休職を発令する法律上の要件は、当該公務員が「刑事事件に関し起訴された」ことだけである。もつとも法七九条は「休職することができる。」と定め、公訴事実の内容、罪名、罰条、起訴に至る経緯等の如何によつては、直ちに休職処分に付することが必らずしも妥当でないこともあるので、刑事事件に関して起訴された職員に休職を発令するか否かを任命権者の裁量に委ねている。しかし、その要件について法は何も定めていない趣旨からみればその裁量権行使は任命権者の広範な自由裁量に委ねられていると解される。

(三)  このようにして、任命権者は起訴休職処分を行うか否かの判断を専ら前述の起訴休職制度の趣旨目的にてらして裁量によつて行うのであつて、公訴事実の存否を調査する義務がないのは勿論、その休職処分により当該公務員が蒙る不利益(給与の減縮、昇給の延伸等)も、その裁量に際して考慮することを義務づけられてはいない。

即ち、休職処分をうけた公務員のうける給与等につき考えてみると、法八〇条四項は「休職者は、その休職の期間中、給与準則で別段の定をしない限り、何等の給与を受けてはならない。」として、職務に従事しない以上むしろ給与を受けないことを原則とする(ノーワーク・ノーペイ)。また昇給は、定期昇給であつても「一定給与期間を良好な成績で勤務」することを要件とし、職務に従事しない休職者が昇給を延伸されることは休職の当然の効果である。

この点を更に事実関係に則して述べると、一審原告らは、公共企業体等労働関係法(公労法)の適用をうける郵便事業に属する職員で(公労法二条一項二号イ)、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法(企業職員給与特例法)の適用をうけるが、同法四条に定める給与準則たる郵政事業職員給与準則(乙第五号証の二)五条による特別の定めにあたる「休職者の給与について」(昭和三五年一二月二七日依命通達……郵給四九八号)及びその一部改正通達たる「休職者の給与について」(昭和四〇年一二月二七日依命通達……郵人給四一二号の二)によると、起訴休職の場合は、「……その休職期間中所定給与種目のそれぞれの一〇〇分の六〇以内を支給すること。」と定められている。これは、一般職の職員の給与に関する法律二三条四項と同旨である。そうしてその運用方針を定める「一般職の職員の給与に関する法律の運用方針」(昭和二六年一月一日、給甲第二八号)(乙第四五号証)第二三条関係四項は「……休職者の給与は、休職者の生活を保障する意味において予算の許す限り各庁の長が所定の割合以内で、その裁量によりその支給額を定めるものとする。」と定めているので、企業職員給与特例法三条二項の「職員の給与は、一般職の職員の給与に関する法律……の適用を受ける国家公務員及び民間事業の従業員の給与その他の事情を考慮して定めなければならない。」とする趣旨にてらしても、一審原告らに対する休職中の給与の支給は、本来ゼロであるべきところ、生活保障の見地から恩恵的措置として、「一〇〇分の六〇以内」の範囲内で、支給されて来たのである(郵政省と全逓信労働組合、全国特定局労働組合、全国郵政労働組合間の「休職者の給与に関する協定」四条も同旨である)。また定期昇給については、郵政省と右全逓等の間に締結している「昇給の欠格基準に関する協定(昭和三五年四月二三日締結)」一条で、休職による場合は、「定期昇給するため必要とされる『良好な成績で勤務したとき』の条件を欠くものとして、」「休職期間を三月で除して得た数に相当する号俸数(三月の倍数に満たない部分の期間については一号俸とする。)」を減号俸のうえ昇給することとされている。これまた休職者は勤務しないのであるから極めて当然のことといえる。昇格上の不利益も同様である。

以上の如く、休職に伴う当該職員の不利益は、休職に伴う当然の現象であるから、当該職員を起訴休職するか否かを定めるにあたり右の不利益も考慮すべき要素とするということは起訴休職制度の趣旨を逸脱するものである。なお、休職者は、休職期間中職務専念義務を免除されるから、所轄庁の長等の許可をうければ、公務員としての身分地位にふさわしい範囲内で、兼業を行うことができるのである。

(四)  本件で福岡中央郵便局長が一審原告らを休職とした処分に違法はなかつた。

(1) 前述の如く、起訴されたときは、休職を発令するのが原則である。

(2) 任命権者は、前述の如くその裁量により休職を発令しないこともできるが、その判断は前述の起訴休職制度の趣旨、目的と当該職員の地位、担当職務内容、公訴事実の内容等を勘案してこれを行うべく、従つて平素から庁内の事情に通暁し、その指揮監督にあたつている者(任命権者)の裁量にゆだねなければ適切な結果を期待できないのである。もとよりその裁量は恣意にわたることを得ないが、任命権者がその裁量権を行使した上で発令した休職処分は、それが社会通念にてらして著しく妥当を欠き、これを濫用したと認められない限り(行政事件訴訟法三〇条参照)、違法とはならない。

(3) 本件起訴にかかる刑事事件の内容は、一審原告らの職場内で、多数の職員が職務に従事中、その面前で発生した職場内暴力事犯で管理者に傷害まで負わせたというもので、罪名は公務執行妨害、傷害であり、前者の法定刑は懲役又は禁錮(三年以下)のみであり、有罪が確定すれば当然に公務員欠格事由に該当する(法七六条)情の重い事案であつた。

しかして職場内における管理者に対する暴力事犯という公訴事実の内容からして、一審原告らをそのまま職務に従事させることは職場の秩序保持、規律維持に支障があつた。

(4) 一審原告らの職務内容は、民事訴訟法、郵便法、郵便取扱規則等の諸規定にもとづく精神的労務に属する事務を含み(最高裁第三小法廷昭和三五年三月一日判決刑集一四巻三号三〇九頁)、単純な機械的作業のみではなかつた。

(5) 刑事事件係属期間の予測は、任命権者ではできないし、また一般的には起訴休職とすべき必要性の高い(即ち情の重い)事件ほど係属期間が長いとも考えられる。従つて起訴休職期間(当該公務員がそれによつてうける不利益期間)が長期にわたると予想されるか否かは、当該休職の合理性を判断する要素にはならない。

(6) 本件任命権者(福岡中央郵便局長)は、郵政大臣官房人事局長昭和四〇年一二月二七日「職員の休職の取扱いについて(依命通達)」(郵人人第四八八号)の第二条関係3、4の趣旨に従い(乙第八号証参照)、事件の関係者から口頭あるいは書面による報告をうけ、検察庁に文書で照会して公訴事実の内容を把握した上、本件は、右通達による休職を行わないことができる場合(当該事案が軽微であつてその情が軽いか、あるいは本人が当該事案を否認する等して裁判の結果をまつ要があり、かつ、いずれも本人を引き続き職務に従事させても支障がないと客観的に認められる場合)に該当しないものとして休職を発令した。

(7) 一審原告らの刑事事件は、一審無罪で検察官が控訴したが控訴棄却によつて無罪判決が確定した。しかし、起訴休職は、公訴事実が真実であることを要件とせず、起訴された事件が無罪となつたからといつて違法となるものではない。また、右の判決理由によつても、一審原告らの行為の外形的事実は認められており、暴行に関する故意や共謀の存在について証拠がないという理由の無罪にすぎず、任命権者としては、そのようなことを知るわけはなかつたし、また知り得る立場にもなかつた。

(五)  本件で福岡中央郵便局長が一審無罪判決の後休職を解除しなかつた点についても違法はなかつた。

(1) 起訴休職は当該刑事事件が係属中は継続するのが法の定める原則である(法八〇条二項)。

(2) 一審原告らは右刑事事件の第一審で無罪判決をうけたが、その理由は前述の通りであつて検察官控訴があつた。そうして、我国における一審の無罪判決に対する検察官の控訴率は三割ないし四割程度であるがその控訴事件の有罪率は八割を超えるもので(昭和五一ないし五四年検察統計年報による)、逆転有罪の可能性が十分にあつた。本件の無罪理由が前述の如き故意・共謀の立証不十分ということを考えればなおさらである。

(3) 右の事情にてらすときは、前記の起訴休職発令時の事情が一審無罪判決により変更されたとは考えることができなかフた。なお刑事訴訟法三九〇条によれば、控訴審で刑事被告人は公判期日に出頭することを要しないが、本件は裁判所が出頭命令を出し得る事業であるし(同条但書)、一審原告らは常に出頭していたのであり、訴訟準備の必要性も一審とかわらなかつた筈で、職務専念義務を遵守させることについての障害も一審当時と同様に存在した。

(4) もともと行政処分後にあらたな公益上の必要を生じた場合、行政庁は当該処分を撤回する権限を有するが、その権限を行使するか否かは行政庁の裁量に委ねられ、私人が行政庁に撤回請求権を持つことはない。

また行政処分の適法性判断の基準時は処分時とするのが確定した判例であるから、処分後の事情変更は抗告訴訟による取消しの理由とはならない。

そうして本件休職処分も行政処分であるから、その撤回は当該任命権者の裁量によるのであるが、任命権者が撤回義務を負うことはない。

(5) 一審の無罪判決によつても任命権者が裁量権を行使せず、起訴休職処分を継続することが過失というためには当該任命権者がその継続が裁量権の範囲をこえ又はその濫用にわたつて違法となること(行政事件訴訟法三〇条参照)を知つていたか、あるいは知り得た場合でなくてはならない。しかるに一審無罪判決によつて起訴休職処分の撤回を命ずる旨の法の規定も、確定した判例も、法解釈上の通説もなく、本件では右休職処分の継続が社会通念にてらして明らかに不合理とすべき事情もなかつたのであるから、本件任命権者に過失があつたとはとうてい言えない。なお、各行政庁の実務もそのような運用は行われていない。

(六)  本件では検察官の起訴、控訴、訴訟追行に違法はなかつた。

本件では一審被告前原、同岡山に一審原告ら主張の如き違法な行為はなかつた。

(七)  一審原告らは本件と起訴休職処分が発令されていない他の事案を比較して本件処分が均衡を失し、平等原則に反していると主張するが、同一事案に対して多数の職員が起訴されたのに特段の合理的な理由もないのに特定の一部の者にのみ休職が発令されたような場合は別として、別事件との比較は合理性がない。また福岡県内においてこの種事案で休職処分が発令されたのは一審原告らだけではない。

2  一審被告国の当審における民事訴訟法第一九八条二項の申立

(一)  一審原告らは、原判決の仮執行宣言に基づき、昭和五五年一二月一八日、一審被告国に対し強制執行をして、次のとおり現金を差押え支払いをうけた。

一審原告本田昭男(合計二五七万〇、一五八円)

(イ) 損害賠償債権元本一九九万三、九八二円

(ロ) 右に対する昭和五一年四月九日から昭和五五年一二月一七日まで年五分の割合による遅延損金害四六万八、一七六円

(ハ) 執行費用八、〇〇〇円

一審原告田中義己(合計二二八万七、一三四円)

(イ) 損害賠償債権元本一八四万四、三二八円

(ロ) 右に対する昭和五一年四月二日から昭和五五年一二月一七日まで年五分の割合による遅延損害金四三万四、八〇六円

(ハ) 執行費用八、〇〇〇円

(二)  しかし、原判決は取消されるべきであるから、一審被告国は民事訴訟法一九八条二項による原状回復及び損害賠償請求として、一審原告本田昭男に対し右金二五七万〇、一五八円及びこれに対する右執行の後である昭和五五年一二月一九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、一審原告田中義己に対し右金二二八万七、一三四円及びこれに対する右執行の後である昭和五五年一二月一九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各支払いとこれについての仮執行宣言を求める。

3  一審原告ら

(一)  検察官による本件起訴、控訴、公判維持の違法

本件は、郵政部内における労使対立の場で発生したトラブルである。検察官が一審原告らを起訴する決定的な根拠となつた証拠は、一審被告前原、同岡山の公訴事実と同旨の供述であつたことは明らかであるが、この各供述が信用できずかつ真実に反するものであつたことも、本件刑事事件の一審控訴審の各判決が説示するところで明らかである。そうしてこのことは、本件刑事事件の記録全体を検討しても十分に首肯できるもので、検察官が一審被告前原、同岡山その他参考人の本件発生直後における各警察官に対する供述調書(乙第一五、第一六号証、同第二八号証等)を検討すれば明白であつた筈である。

従つて、検察官が、警察での捜査記録を検討し、公正な立場で起訴不起訴を決定すべく真相の究明のため取調べにあたつたのであれば、本件のような起訴はあり得なかつた筈であつた。しかるに検察官は、昭和四四年一二月一三日一審被告前原、同岡山ほか志田、大平、福井、太田ら六名の当局側管理者を全員同席させた上、一審原告本田、同田中らの事件当日の動きとか格好、管理者らの位置関係等を再演させ、かつ供述調書を作成した。これは、本件に関する限り、警察段階の捜査で相互に顕著なくいちがいがあり一審原告田中が誤つて一審被告前原に衝突したのではないかと疑わせるものもあつた管理者らの供述の矛盾をとりつくろわせ、検察官が組合運動弾圧の意図のもとにひたすら起訴に持ち込むべく一定の筋書にそつて管理者らの供述を誘導したものといわざるを得ない。そうしてこの取調べの後、一審原告前原、同岡山ほかその他の管理者らは、一斉に重要な点で供述を変更し、「一審原告田中が一審原告本田と前後に並んで前傾姿勢をとつて一審被告前原の腹部付近に正面から頭突きを加えた」とする公訴事実同旨の供述をするに至つたのである。

よつて本件起訴は、公訴権を濫用してなされたものである。

また一審判決に対する検察官の控訴も、合理的根拠がなく、検察官が訴訟を追行するにあたつて認められる合理的な裁量範囲を逸脱し権限を濫用してなされたものであつた。検察官が本件控訴審に期待したものは、真実の発見ではなく、一審原告田中が一審被告前原に頭突きを加えたことを否定する内容の太田証人の供述を、一審被告前原、同岡山らの供述に合致するよう変更させ、一審原告田中、同本田が一審被告岡山をも強く押していたとの筋書に符合するよう管理者らの供述を変更させることにあつた。その結果控訴審においては一審被告岡山、同前原及び大平、太田らの符節をあわせたような証言変更があつたが、その証言変更がそれまでの供述と無関係に、不自然に作為的になされたため、控訴審裁判所の採用するところとならなかつたのである。以上の如く控訴にも検察官の控訴権濫用の違法があつた。

(二)  一審被告前原、同岡山の不法行為

原判決請求原因6に記載のほか、右一審被告らは、郵政当局の事実調査に対し虚偽の事実報告をして本件起訴休職処分を発令する重要な資料を提供した。

そうして、右一審被告らは捜査当局及び郵政当局に対し一審原告らの行為に関する虚偽の申告、供述、報告をなした際、これらの申告等により一審原告らにつき公訴が提起され、あるいは懲戒処分又は休職処分等の不利益処分がなされることを十分予見していたもので、右一審被告らの行為は本件一審原告らの損害と相当因果関係がある。更に右一審被告らの虚偽の申告、供述、報告により、一審原告らは職場の内外で名誉を毀損され、精神的苦痛を蒙つた。本件損害には、その精神的損害も含めて主張する。

(三)  一審原告らに対する起訴休職の違法

(1) 行政処分の裁量限界の基準としては(A)事実誤認、(B)目的違反、動機の不正、(C)平等原則違反、(D)比例原則違反等が論じられていて、単に「社会観念上著しく妥当を欠いた」というような包括的抽象的概念をもつて基準とすることは許されない。

(イ) 起訴休職が適法となるには、当該公務員が起訴されたという事実のほか、起訴された状態での勤務を認めるときは職務に対する信用の失墜を招くとか、職場秩序が維持できないとか、当該公務員について職務専念義務の遵守に支障を生ずるとかの要件を必要とする。

一審原告らは、身柄不拘束のまま審理をうけていて、公判期日はせいぜい月一回位と予測され、公判期日の出頭や公判のための準備は、年次有給休暇で処理できる見通しであつた。一審原告らが公判中勾留されるようなことは全く予想されなかつたのであつて、起訴後そのまま勤務しても職務専念義務の遵守に支障はなかつた。また、一審原告らの職務内容は機械的労働を主体とし、「被害者」と目されている一審被告前原、同岡山らとは職場を異にし、日常業務で顔をあわせることもなかつた。以上の事情を考慮すれば、本件は、他の要件にも該当しないというべきである。よつて、本件起訴休職処分は、右の要件が存在しないのにあると誤認して発令されたことになる。

(ロ) 本件休職処分は、前記平等原則にも違反する。即ち、飯塚局事件、博多局事件、甘木局事件、福岡西局事件、小倉西局事件などこれまで福岡県下で発生した労使紛争にからむ刑事事件(公務執行妨害を含む)で、起訴された郵政職員が休職処分をうけた例はなく、本件についてのみ休職が発令された理由が明らかにされていない。

(2) 休職処分の効果として当該公務員が受ける不利益(給与減額、昇給、昇格の不利益等)並びにその予想される休職期間の長短も起訴休職をなすか否かの裁量において考慮されるべき要素である。仮りにこれら不利益が起訴休職に当然内在するものとしても、その故に裁量に際して考慮すべき判断要素にしてはならないということはない(このことは懲戒免職の場合を考えれば明らかである)。そうして本件の起訴休職ではこの点の考慮が払われていない。

本人が事実を否定している等の理由から長期にわたる審理が予想され、しかもその有罪無罪を明確に予測し難いときは、処分により当該公務員が蒙る不利益の長期性、重大性を考慮し起訴休職処分は「相当性」を欠くといわなければならない。

(3) 公務員が起訴されたとしても、それが不当な起訴で、公訴事実が真実に反するものであつたとすれば、起訴休職とすべきでないことは明らかである。従つて原判決請求原因7の(一)に記載の通達は、無実の者への処分を避けるため、あらかじめ事案の内容を検察庁および本人はもちろん関係方面について調査すべきことを任命権者に義務づけている。また同通達は「当該事業が軽微であつて、その情が軽いかあるいは本人が当該事案を否認する等して裁判の結果を待つ必要があり、かついずれも本人を引き続き職場に従事せしめても支障がないと客観的に認められる場合」は起訴休職を行わないことができるとも定めている。

本件はその公訴事実によればまず職場秩序の紊乱で、懲戒処分の対象ともなり、郵政当局は職場秩序の回復維持の観点からみてもこれを調査する責務と権限があつた。そうして本件は、事件の外形からみても一審原告らの故意による暴行傷害の事実は明らかでなく、偶発事故の可能性も十分にあつたし、一審被告前原、同岡山の供述は一貫性を欠き、他の関係者の供述も重大な点で右一審被告らの供述と異つていたから、任命権者が十分に調査をして事案を検討すれば、一審原告らにつき暴行、傷害の故意が認められるとはいえない事案であつた。すくなくとも任命権者は右故意の存在には重大な疑問を抱いた筈であつた。

従つて、それにもかかわらず福岡中央郵便局長が本件起訴休職を行つたのは、公訴事実が真実でないことを知りつつ処分をしたか、すくなくとも公訴事実に重大な疑問を抱きつつ処分を行つたか、もしくは為すべき調査を十分に行わなかつたため事実を誤認して処分を行つたかのいずれかである。ちなみに、本件では一審原告らが公訴事実を否認し、当然審理の長期化が予想されたのに検察官に対する一審原告らの認否状況や審理期間の見通しの照会もせず、直接一審原告らに事実関係の聴取もしないまま休職を発令した。

いずれの場合においても本件休職処分は、任命権者が裁量権を逸脱濫用してなしたものであることが明らかである。

(4) 仮りに福岡中央郵便局長が事実を誤認して本件休職処分を行つたとしてもそれは熊本郵政局所属の一審被告前原、同岡山らが、福岡中央郵便局兼務を命ぜられ、同局で労務対策にあたつていた間のトラブルで、右一審被告らが虚偽の報告をした結果の誤認であるから、右両名が故意に真実をかくしたことの責任は同局長が負うべきものである。

(5) また、本件の如く任命権者が当該公訴事実の真実性を調査すべき義務を負い調査をすることによりその真実でないことが容易に知り得たであろう場合に、調査をつくさず起訴休職を発令した場合は、後日刑事事件で公訴事実につき無罪が確定すれば、起訴休職も当初から違法であつたことになるというべきである。

(四)  一審無罪後も起訴休職を撤回しなかつたことの違法

(1) 起訴休職が一旦なされた以上、事情の変更により撤回するか否かは任命権者の自由裁量に属するということはない。起訴休職処分を適法ならしめる前記(三)の(1)の(イ)の要件が消滅するならば、その処分はその時以後失効ないし違法となり、任命権者はすくなくとも処分を撤回すべき義務を負うにいたる(継続的行政行為)。

(2) 当初から本件起訴休職を適法ならしめる要件が具備していなかつたことは前述のとおりであるが、一審無罪により、休職を継続すべき理由はいよいよ薄弱となつたのである。従つて、おそくとも一審判決後は本件休職処分を撤回しないことの違法性は明らかとなつたといわなければならない。一審被告らは検察官控訴事件の有罪率の高さをいうが、国民一般の理解としては、第一審が無罪なら公訴事実はなかつたと考えるのが普通である。従つて一般国民の信頼が回復し起訴休職を継続すべき必要性は失われたこととなる。なお、一審被告らは、訴因の外形は認められたというが、無罪判決の理由如何で休職を継続させる必要性が左右されるとはとうてい考え難い。

(五)  前記2の(一)(一審原告らの一審被告国に対する強制執行)の事実は認める。

理由

当裁判所は、以下述べるとおり、一審原告らの請求は失当としていずれも棄却せらるべく、一審原告が仮執行宣言付原判決によつて一審被告国から支払いをうけた金員は、一審被告国に返還せらるべきものと判断する。

一  一審被告国の関係で原判決請求原因事実1ないし4は当事者間に争いがなく、一審被告前原、同岡山の関係では、原判決請求原因1の事実、同2の事実中一審原告らがその主張の如く福岡地方裁判所に公判請求された事実、同3の事実中一審原告らが右起訴を理由にその主張の如く休職処分をうけた事実、同4の事実中一審原告らが一審無罪の判決をうけ、二審の控訴棄却の判決が確定して復職したことも当事者間に争いがない。そうして、一審被告前原、同岡山の関係で、成立に争いなき甲第五、第一五、第二三号証、同第八七号証の一、二、乙第三七、第三八、第四〇、第四三号証、原本の存在及び成立につき当事者間に争いなき乙第七七ないし第八〇号証に原審証人高倉要の供述と弁論の全趣旨をあわせると、原判決請求原因2ないし4のうちその余の諸事実も認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

二  前掲甲第五号証、同第八七号証の一、二、乙第七七ないし第八〇号証、成立に争いなき甲第二五号証の三、四、同第三四号証の三、同第三六号証の三、同第四三号証の三、四、同第四七号証の三、同第四九号証の三、同第五一号証の三、同第五二号証の三、同第五四号証の三、四、同第五六号証の三、四、同第六〇号証の三、同第六一号証の三、四、同第六四号証の五、同第八二号証の三、四、同第九九号証の三ないし七、同第一〇三、第一〇四号証、乙第一一ないし第三六号証に前項記載の事実と弁論の全趣旨をあわせると、本件刑事事件の経過につき原判決二〇枚目表九行目から二二枚目表五行目までに説示されているところと同一の事実を認定することができるので、これを引用する。この認定を左右するに足る証拠はない。

三  一審原告らに対する検察官の本件公訴提起と訴訟追行が適法と認められることについては、次のとおり付加訂正するほか、原判決二二枚目表七行目から二六枚目裏一一行目までに説示されているところと同一の判断をするのでこれを引用する。

1  原判決二三枚目表一行目の「冒頭陳述書)」の次に「成立に争いなき」と挿入する。

2  原判決二三枚目裏一〇、一一行目の「被告人」を「右田中」と訂正する。

3  原判決二四枚目裏三行目の「古賀克明(乙第一四号証)」とあるのを「古賀克明(乙第一三号証)」と訂正し、同一〇行目冒頭の「供述調書」の次に「(以上乙号各証につき成立に争いがないことは前述のとおり)」と挿入し、同一三行目の末尾に「但し、右冒頭陳述書記載事実中、一審原告本田(第一集配課員で当時第一集配課室内で勤務中)が室外に出て来て、普通郵便課員で当時停職処分をうけ執務中の右室内に立入りを禁止されていたにもかかわらず第一集配課西出入口から入室しようとして管理職らに阻止されていた一審原告田中を呼び、便所入口のところでその内容は別として言葉をかわした事実は、一審原告田中の供述でも認めているところであり(乙第三三号証)、この点については一審原告本田も右乙第三二号証で、便所に行く時、一審原告田中に耳打ちしたのではないかとの問に対し、話の内容は別として耳打ちをした行為は認める趣旨の供述をしていることが認められる。」と付加する。

4  原判決二五枚目表一行目の「これに対し、」を「そうして、」と改め、同九行目の「それぞれ」から同一三行目までを「それぞれ相当詳細な記載がある。」と改める。

5  原判決二五枚目裏一三行目の「原告」を「一審原告田中」と訂正し、同二六枚目表一三行目の「旨の記載がある。」を「旨の記載があることは前述のとおりである。」と改める。

6  原判決二六枚目裏一一行目の次に「一審原告らは、検察官が手持ちの証拠資料を公正に検討すれば、一審被告前原、同岡山らの供述が信用できず、虚偽であることは明らかであつた筈だと主張するが、前述の冒頭陳述書の「頭突き」は別として(公訴事実は「突きあたつて」と表現している)、前記認定の事実によつても管理職らがピケラインを張つて停職処分中の一審原告田中の入室を阻止している事実を知りながら、一審原告らがこれをすり抜けようとした事実は認められるのであつて、更に右認定事実によると、仮りに一審原告らが管理職ら(スクラムを組んでいたわけではない)の間隙を縫つて入室する意図であつたとしても管理職らの身体に触れずに入室できる可能性が大であつたとは考えられず、そのことは一審原告らも知つていたと推認される。これらの事情に前記一審原告らの供述調書記載部分をあわせると、右一審被告前原、同岡山らの供述が明らかに信用性を欠く虚偽のものと決めつけることはできない。なお、この点に関する前掲乙第七七、第七九号証(刑事一審判決)も、一審被告前原、同岡山の証言又は供述調書は、太田光弥(当時現場で警戒線を構成していた管理職の一人)の証言と対比して信用しないと説示しているにとどまるのである。よつて、この点に関する一審原告らの主張は採用できないし、検察官が組合運動弾圧等特定の意図をもつて一審被告前原、同岡山ほか関係人らの供述を誘導したという主張も採用できない。」と付加する。

四  検察官の本件控訴が適法と判断できることについては、次のとおり付加訂正するほか原判決二六枚目裏一三行目から三〇枚目裏一行目までに説示されているところと同一の判断をするのでこれを引用する。

1  原判決二八枚目裏一二行目の「ものである。」を「ものである(以上の甲、乙号各証の成立は前述のとおり当事者間に争いがない)。」と改め、同二九枚目表三行目の「甲第八二号証」を「前掲甲第八二号証の三」と改める。

2  原判決二九枚目裏一〇行目の「においては、」の次に「前掲」と挿入する。

五  本件起訴休職について

1  本件刑事事件による起訴を理由に、一審原告らに対して請求原因3のとおりの起訴休職と給与等の減額(六〇%支給)がなされたことは前述のとおりである。

2  そうして、本件起訴休職が適法であつた(一審無罪判決後の問題は後述)ことについて当裁判所も次のとおり付加訂正するほか、原判決理由中三〇枚目裏一三行目から三七枚目表三行目までに説示されているところと同一の判断をするので、これを引用する。

(一)  原判決三一枚目表七行目の「証人川村幸太郎の供述によれば」とあるのを「成立に争いなき乙第三号証の一、二、同第八号証、同第九号証の一、二、同第一〇号証の一、二、同第六七号証、原審証人川村幸太郎、同安部友教、当審証人木戸亀與男の各供述をあわせると、」と改める。

(二)  原判決三三枚目裏九行目の「休職者の給与に関する協定」とあるのを「休職者の給与に関する協定(乙第九、第一〇号証の各一、二参照)」と、同一〇行目の「それぞれ一〇〇分の六〇」とあるのを「それぞれ一〇〇分の六〇以内」と改め、原判決三四枚目表四行目冒頭の「ない。」を「ない(もつとも休職者は職務専念義務を免除されるから所定の手続を経て兼職も可能であろうがそれは一つの法律上の可能性に止る)。」と改める。

(三)  原判決三四枚目裏四行目の「という」の次に「主として」と挿入し、同三五枚目表一行目の「によつて」から三行目までを「によつて処理することが可能であつたことがいずれも認められる。」と改め、同一一行目と一二行目を削除し、同裏六行目の「本件刑事事件は、」の次に「前掲」と挿入し、同一三行目の「上司」を「管理職ら」と改め、原判決三六枚目裏一二行目冒頭の「しても、」の次に「福岡中央郵便局長が前記通達にいう休職を行わない場合に該当しないとしてなした」と挿入し、同三七枚目表一行目の次に以下のとおり付加する。

「また一審原告らは、本件休職処分は任命権者(福岡中央郵便局長)が、公訴事実の真実でないことを知りつつ発令したか又はその真実性に重大な疑問を抱きつつ発令したこと、仮りにそうでなかつたとすれば、任命権者は本件公訴事実についてこれを調査すべき職責と権限があるのに十分な調査を行わず検察官に対して一審原告らの認否状況や公判審理期間の見通しについての照会もせず、直接一審原告らに対する事情聴取も行わないで休職の発令をしたこと、本件休職処分には同種事案と対比して平等原則の違反があること、仮りに任命権者が公訴事実を真実と誤解していたとしても、それは任命権者の指揮監督下にある一審被告前原、同岡山らが一審原告らの行為に関し虚偽の報告をしたためであつて(不法行為)、任命権者も右一審被告らの行為については責を負うべきことなどによる任命権者の裁量権の逸脱濫用を主張する。

そうして、本件当時一審被告前原は郵政監察官として、同岡山は熊本郵政局人事部管理課員として、夫々福岡中央郵便局に派遣されていたことは当事者間に争いがない。

しかして原審証人安部友教、当審証人木戸亀與男、原審及び当審一審被告前原清司、同岡山信一各本人の供述に弁論の全趣旨をあわせると、一審被告前原は、福岡中央郵便局に派遣され同局の業務運行状況の調査並びに非違等の調査、処理の職務を行つていた郵政監察官(九州郵政監察局福岡支局所属)であり、一審被告岡山は、福岡中央郵便局兼務を命ぜられていたこと、一審原告らが起訴された後、福岡中央郵便局長は検察庁に文書で一審原告らの起訴年月日と公訴事実を照会し、他方一審被告前原、同岡山ほか現場に居合わせた管理職らから現認書形式の報告書を提出させ、前記認定の如き当時の労使関係や本件が「職場内犯行」であつて事案の内容は明白と判断したことなどから一審原告らの弁明は聴取せず、本件起訴休職を発令したことが認められる。しかして一審被告前原、同岡山をはじめ関係管理職らは、夫々本件公訴事実の内容に同旨の報告をしたであろうことは、以上認定の諸事実関係から推認できる。してみると、福岡中央郵便局長が一審原告らに対する本件休職処分を発令するにあたり、公訴事実に相応する行為が存在しないことを知つて敢えて発令したとか、その真実性に重大な疑問を抱きつつ発令したとかいうような事実は認められない。また、任命権者のなす調査としては一審原告ら本人に対する事情聴取をしなかつた点が前記通達の趣旨に反する点を除けば、一応為すべき処置は尽したということができる。また、前述の如き本件の事件内容にてらして、一審被告前原、同岡山が、一審原告らの行為につきことさら虚偽の報告をしたと認めることもできない。また、原審証人内村昌浩の供述に弁論の全趣旨をあわせると、他に一審原告ら主張の如く起訴されながら休職処分をうけていない郵政職員の事例も多くあると認められるが前述の如く、本件においては休職処分をなすについて十分な合理性、必要性があるというべきであるから、平等原則違反による違法の主張も採用できない。また、以上のいきさつからみて任命権者が公訴事実に相応する犯行の存在を疑わなかつたことをもつて直ちに過失があるとはいえず、一審原告らに対する直接の事情聴取をしなかつたことをもつて本件休職処分が直ちに違法となるともいえない。

本来起訴休職処分の効力は、当該刑事事件の有罪、無罪に左右されないのであるから、本件の場合後日の無罪確定をもつて本件起訴休職処分が遡つて違法になるという主張(本判決事実3の(三)の(5))も採用できない。」

六  一審無罪判決後における起訴休職の継続(不撤回)について

1  原判決請求原因事実4に記載の如く本件刑事事件について無罪の一審判決があつたが検察官が控訴したこと、これに伴い福岡中央郵便局長は、休職処分を撤回しなかつたばかりか、一審原告らに対する給与等を三〇%に減額支給することとし、この処置は控訴棄却の二審判決が確定するまで続いたことは前述のとおりである。

2  そうして、前掲乙第八号証、原審証人川村幸太郎、同高倉要、当審証人帯田文汎の供述によれば、これは(イ)前記通達の六条二項(1)の但書によれば「ただし、本人が控訴しまたは控訴された場合は、移審の効果を生じた日以後判決……中略……確定の日まで所定給与種目のそれぞれ一〇〇分の三〇を支給する。」旨の定めを根拠としたものであること、(ロ)任命権者がこの段階で一審原告らに対する休職を撤回しない実質的理由としたのは、検察官控訴によつて公務の信頼はいまだ回復せず、ことに控訴審で有罪となつて確定すれば公務員の欠格事由に該当するような罪であることのほか、「職場内犯行」という公訴事実の特殊性から、一審判決当時はすでに三六協定は締結されるような状況にはなつていたものの職場内秩序の保持という点で起訴休職の理由は消滅していないと判断したことの理由によつたものと認めることができる。

そうして、法第八〇条二項に「前条第二号の規定による休職の期間は、その事件が裁判所に係属する間とする。」と定め、前記「休職の取扱いに関する協約」三条三項も同旨の定めを置いていることに、前述の如き起訴された本件刑事事件の内容並びに前掲乙第七七、第七九号証によつて認められる一審原告らに対する一審無罪の理由(検察官控訴の適法性参照)並びに原本の存在及び成立とも当事者間に争いなき乙第八一ないし第八八号証と弁論の全趣旨により認められる昭和五一ないし昭和五四年の一審無罪事件の検察官控訴事件の有罪率(八割程度)なども考慮すれば、本件起訴休職の継続並びに給与減額に関する福岡中央郵便局長の措置が裁量権の範囲を逸脱して著しく社会通念に反する違法のものであつたと断定することはできず、以上の判断を左右するに足る証拠はない。

よつて、この点に関する一審原告らの主張も採用しない。

七  一審被告前原、同岡山の行為について

前掲乙第一五、第一六、第一八、第二三、第二四、第二五、第三〇号証、原審及び当審における一審被告本人前原、同岡山の各供述、当審証人木戸亀與男の各供述によれば、一審被告前原、同岡山の申告、供述、報告等が検察官の本件公訴提起や休職処分の資料となつたことは疑いがなく、また右一審被告らは捜査機関に一審原告らの処罰を求める陳述をしていることも認められる。しかして前述の如き本件刑事事件の内容にてらすときは、右一審被告らが自らの記憶に反しことさら虚構の事実を述べてまで一審原告らの処罰や処分(懲戒又は休職)を求めたとまでは断定できず、この点は右第一審被告らが刑事事件の公判廷でなした証人尋問調書(成立に争いなき甲第四七号証の三、同第五二号証の三、四、同第五四号証の三、四、同第六一号証の三、四、同第九九号証の四ないし六、)と対照してもかわりはない。他に右一審被告らに一審原告ら主張の如き違法行為があつたことを確認できる証拠はなく、この点に関する一審原告らの主張は採用できない。

八  してみると、爾余の点は判断するまでもなく一審原告らの一審被告らに対する請求は失当として棄却せらるべきであるから一審被告国の関係で原判決中同被告敗訴部分を取消し一審原告らの請求を棄却すると共に一審原告らの控訴は理由がないから棄却を免れない。また一審被告前原、同岡山の関係では同旨の原判決は相当で一審原告らの控訴は理由がないからいずれも棄却を免れない。

九  しかして一審原告らは、仮執行宣言付原判決に基づき、一審被告国に対して強制執行を行い、夫々一審被告国主張の如くその主張の金額の支払いをうけたことは、当事者間に争いがない(但し一審原告本田の執行合計額が二五七万〇、一五八円とあるのは合計のときの違算で二四七万〇、一五八円と認められる)。よつて、一審原告らは一審被告国に対し民事訴訟法第一九八条二項による原状回復及び損害賠償として一審被告国主張の金員を夫々支払う義務があるから、一審被告国の右申立は認容することができる。但し、一審原告本田に対しては右二四七万〇、一五八円の限度で認容し、その余は却下する。

一〇  よつて、民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第一九六条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡徳壽 岡野重信 松島茂敏)

別紙原状回復等の申立て<省略>

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 被告国は、原告本田照男に対し金一九九万三九八二円及びこれに対する昭和五一年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二 被告国は、原告田中義己に対し金一八四万四三二八円及びこれに対する昭和五一年四月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三 原告らの被告国に対するその余の請求並びに被告前原清司及び被告岡山信一に対する請求を棄却する。

四 訴訟費用中、原告らと被告国との間に生じた部分は、これを二分し、その一を原告らの負担、その余を被告国の負担とし、原告らと被告前原清司及び被告岡山信一との間に生じた部分は全部原告らの負担とする。

五 この判決は原告ら勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告らは、各自原告本田昭男に対し、金五五一万九九八九円及びこれに対する被告国は昭和五一年四月九日から、被告前原は同年同月七日から、被告岡山は同年同月一〇日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告らは、各自原告田中義己に対し、金五七四万二四一七円及びこれに対する被告国、同前原は昭和五一年四月二日から、被告岡山は同年同月三日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、被告らの負担とする。

4 仮執行宣言(第1、2項につき)

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 昭和四四年一一月当時原告本田昭男(以下原告本田という。)は福岡中央郵便局第一集配課、原告田中義己(以下原告田中という。)は同局普通郵便課に各勤務する郵政事務官、被告前原清司(以下被告前原という。)は熊本郵政監察局福岡支局に勤務する郵政監察官、被告岡山信一(以下被告岡山という。)は熊本郵政局人事部管理課に勤務し、かつ福岡中央郵便局に兼務を命ぜられていた郵政事務官の地位に、それぞれあつた者である。

2 原告両名は、昭和四四年一二月二〇日、福岡警察署(現在は福岡中央警察署)警察官により、公務執行妨害、傷害の被疑事実で逮捕され、同月二二日福岡地方検察庁検察官渡辺悟朗により、公務執行妨害、傷害の訴因で福岡地方裁判所に公判請求をされた。その公訴事実は次のとおりである。(以下本件刑事事件という。)

「被告人ら(本件原告ら)は福岡市天神四丁目三番一号所在福岡中央郵便局勤務の郵政事務官(ただし、同田中は昭和四四年一〇月一日より向う三か月間の停職中)で、同田中は普通郵便課、同本田は第一集配課に各配置されている者であるが、全逓信労働組合所属の同郵便局員がいわゆる「物だめ闘争」を行なつた際、昭和四四年一一月二六日午後一時三〇分頃同郵便局二階の第一集配課室西側出入口において、同郵便局の業務運行の確保、労務管理事務処理等のため熊本郵政局から派遣され、同郵便局兼務を命ぜられた郵政事務官岡山信一(当三三年)ほか四名、同郵便局の業務運行状況の調査、並びに非違等の調査、処理等にあたつていた熊本郵政監察局福岡支局員郵政監察官前原清司(当四七年)ほか一名、同郵便局課長代理一名らが同所に警戒線を張つていたところ、被告人田中が同課室内に入ろうとしたのに制止されたため、両名共謀のうえ、被告人田中が先になり同本田が同田中の後ろに連なり、両名一団となつて右警戒線に突入し、右岡山信一並びに前原清司に突きあたつて両名を転倒させる暴行を加え、右両名の職務の執行を妨害するとともに、右暴行により前原清司に対し全治三日位を要する右手関節部擦過傷、右下腿打撲の傷害を負わせたものである。」

3 福岡中央郵便局長砂原猛は原告らに対する前記起訴を理由に、原告本田に対しては昭和四四年一二月二七日付で、原告田中に対しては、昭和四五年一月二日付で、国家公務員法(以下国公法という。)七九条二号に基づき原告らを休職処分に付し、同日以降原告らに対し、給与の六〇パーセントを支給する措置をとつた。(以下本件起訴休職処分という。)

4 前記公判請求を受けた福岡地方裁判所は審理の結果、昭和四九年五月二九日原告らに対し、公訴事実を認めるに足りる証拠がないとして無罪判決を言い渡したが、福岡地方検察庁検察官は、同年六月一二日、右判決に対し控訴を申し立てた。

右無罪判決があつたにもかかわらず、福岡中央郵便局長は原告らに対する本件起訴休職処分を取り消さないばかりか、検察官が控訴を申し立てたことを理由に、逆に同年六月一三日付をもつて、原告らに支給する起訴休職給を給与等の三〇パーセントに減額する措置をとつた。

そして、福岡高等裁判所が昭和五〇年六月一二日右検察官控訴に対し、控訴棄却の判決を言い渡し、同月二七日をもつて原告らの無罪が確定してはじめて、右郵便局長は本件起訴休職処分を取り消し、原告らを復職させた。

5 検察官の公訴提起、公判維持の違法

(一) 検察官が原告らに対し、前記公訴提起を行ない、かつ一、二審を通じてその公判維持を図つた主要な根拠は、被告前原の捜査段階以来の「田中、本田がいずれも前かがみの姿勢で前後につながり、田中を先頭にして両名一団となつて私の腹部に頭突きを加え、私は二、三歩後退してあおむけに転倒し負傷した」旨の供述、及び被告岡山の同じく捜査段階以来の「田中が前原の腹部に頭からぶつかり、同人をあおむけに転倒させ、そのはずみで私も前原と一緒に床に転倒した」旨の供述である。

(二) しかし、原告らが、右供述にあるような行為をした事実はなく、右供述はいずれも虚偽のものであり、現に、前記第一審の福岡地裁の無罪判決は、捜査及び公判段階における右供述につき、「前原及び田中の各成傷の部位にかんがみ、またその間の情況をよく注視していた前記証人太田光弥の供述記載に照らし、いずれも信用することができない」と判示し、この判断は、前記第二審の福岡高裁判決によつて支持されている。

(三) もともと、被告前原、同岡山の捜査段階における供述内容は、それ自体一貫性を欠いているのみならず、検察官が本件公訴提起の時点までに収集しえた証拠に照らせば、前記供述内容には重大な矛盾不合理が存し、客観的にみて到底信用できないものであり、結局前記公訴事実を立証するに足りる証拠は何も存在しなかつたのである。にもかかわらず、検察官は、組合活動家であつた原告らに対する弾圧的意図から、客観的にみて到底信用に値しない被告前原、同岡山らの虚偽の供述に安易に依拠して、原告らを起訴し、原告らを有罪にすべく第一審の公判維持を行なつたもので、この行為は、明らかに公訴権の濫用であり、違法というべきである。

(四) また、第一審において、無罪の判決がなされたのに対し、同判決の事実誤認を主張すべき根拠は全く存しないのに、検察官はあえて控訴し、控訴審の公判維持を図つたものであり、これは検察官に付与された公訴権の合理的な裁量範囲を著しく逸脱して濫用した違法なものというべきである。

6 被告前原、同岡山の職務執行の違法

被告前原、同岡山の前記虚偽の供述は、それぞれ国家公務員たる郵政監察官、郵政事務官としての職務を行なうにつきなされたものである。

すなわち、昭和四四年一一月二六日の事件当時、被告前原は、郵政監察官として、同岡山は熊本郵政局人事部管理課の職員として、それぞれ福岡中央郵便局に派遣されていたのであるが、その主要な職務内容は、いずれも同局内における職員の非違行為等の現認、調査並びにそれに対する対策であつて、原告らから暴行を受けた旨の捜査機関に対する虚偽の申告、供述は、右被告らの職務行為の一環としてなされたものであることは明らかである。

7 原告らに対する起訴休職処分の違法

(一) 国家公務員が刑事事件で起訴された場合、国公法七九条二号の起訴による休職処分を行なうか否かは、任命権者の自由な裁量を許すものではなく、起訴休職制度の趣旨、目的、起訴にかかる事案の内容、被処分者に与える実際上の不利益等に照らし、合理的理由が存する場合にはじめて休職に付することが許されると解すべきである。

そして、起訴休職処分の具体的運用については、本件起訴休職処分の発令当時、原告らの所属していた全逓信労働組合と郵政省との間には「休職の取扱に関する協約」(昭和四三年一二月締結)が存し、また、「職員の休職の取扱いについて」と題する人事部長通達が発せられており、これによつて起訴休職の実際の運用が行なわれていたところ、同協約二条二項は「起訴にかかる休職は、その事案によりこれを行なわないことができる」と規定し、更に同通達によると、同協約において「休職を行なわないことができる場合とは、当該事案が職務上と否とにかかわらず軽微であつて、その情が軽いか、あるいは本人が当該事案を否認する等して裁判の結果を待つ要があり、かつ、いずれも本人を引き続き職務に従事せしめても支障がないと客観的に認められる場合に限るものとする」「刑事事件に関し起訴された者についてはあらかじめその事案の内容をは握するため、本人及び検察庁その他関係方面について十分調査検討のうえ、休職を発令するかどうかを決定する」ものとしている。

(二) このように、右協約及びその解釈運用基準としての通達は、起訴休職を行なうか否かは、事案に応じて客観的に決定されるべきことを明言するとともに、処分の発令にあたつてはあらかじめ事案の内容を処分者側において独自の立場から十分調査検討することを義務づけ、特に本人が起訴事実を否認する等して、事案の真相を知るためには裁判の結果を待つ必要があり、かつ本人を引き続き職務に従事させても支障がない場合には、休職処分を行なわないことができることを明らかにしている。

(三) ところで原告らに対する本件起訴休職処分は、もともと郵政省の職員である被告前原、同岡山が、その職務執行につき、虚偽の被害事実を捜査機関に申告、供述した結果生じた公訴提起を理由になされたものであり、かつ、右被告両名の職務行為としてなされた虚偽の事実報告に基づくものであるから、それ自体郵政当局による権限の濫用であることは明らかであつて、この一事をもつてしても、本件起訴休職処分は違法というべきである。

(四) しかも、原告らは、本件起訴にかかる事実については捜査の段階から一貫して否認しており、また起訴にかかる事案の内容は当時の労使関係の内部において生じたトラブルであること、原告らの従事していた職務が郵便取扱い業務という単純な機械的作業にすぎないこと、起訴後は原告らに対する身柄拘束はなく、公判廷への出頭が原告らの職務専念義務の遂行を困難にさせるとは考えられないこと等の事情に照らせば、本件起訴がなされたからといつて、原告らを引き続きその職務に従事させることになんら支障はなかつたものと認められ、この意味においても本件起訴休職処分は、合理的理由を欠き、違法というべきである。

(五) ことに、前記第一審の無罪判決にもかかわらず、本件起訴休職処分を取り消さないばかりか、控訴審係属を理由に逆に起訴休職給の支給を従来の六〇パーセントから三〇パーセントに減額した郵政当局の措置は、あまりにも不合理であり、いかなる意味においても合法性の余地を見出すことはできない。

すなわち、国公法八〇条二項において起訴休職の期間を「その事件が裁判所に係属する間とする」と定めているのは、公務員の身分保障の見地から休職の最長期間を制限した趣旨と解すべきであつて、任命権者が事件係属中に休職処分を取り消すことまで禁止をしているものとは到底考えられない。また、起訴休職処分はもともと任命権者の権限と責任においてなされるものである以上、一旦処分が発令されたとしても、その後の事情変更により休職処分をすべき実質的理由が消滅したり、あるいは休職処分をすべき実質的理由がなかつたことが事後に判明した場合、任命権者がそれを認め、自らの権限と責任において裁判確定前に処分自体を取り消すことはなんら差支えなく、これを許されないとする法的根拠は見出し難い。国公法八〇条二項は、右のような処分の取消しが任命権者によつてなされないかぎり休職は裁判確定の時まで継続するという意味であつて、任命権者自身による処分取消しの措置まで制限しているものではない。

およそ、刑事事件の一審判決において無罪が宣告された場合、たとえ起訴の時点では休職にすべき合理的理由があつたにせよ、その理由は消滅すると考えるべきである。控訴審においては被告人は原則として出頭義務はなく、職務専念義務との関係はほとんど問題となりえない。また、起訴されたこと自体によつて生じた当該公務員の職務執行の公正についての信頼の喪失も、一審の無罪判決によつて十分回復されたものとみるべきは当然である。検察官の起訴の権威が裁判所の判決の権威より高いなどということは、そもそもあつてはならないことである。一審で無罪判決のあつた以上、検察官控訴があろうとも、控訴審の事後審としての構造からして、当該被告人は最終的に無罪となる公算が高いことを確認されたことであつて、有罪判決による公務員の資格喪失の蓋然性も飛躍的に低くなつたことを意味し、休職処分を維持すべき合理的理由は消滅すると言つてよい。

したがつて、一審の無罪判決は、原則として任命権者にとつて休職処分を取り消すべき事由となり、これに反して任命権者が休職処分を取り消さない行為は、特別の理由のないかぎり権限の濫用であり違法と評価すべきである。

8 被告国の責任

前記5の検察官の原告らに対する違法な公訴提起、及び公判維持、6の被告前原、同岡山の職務執行についての虚偽の供述、7の郵政当局(具体的には福岡中央郵便局長)の違法な休職処分の発令とその継続は、それぞれ、被告国の公務員がその職務の遂行につき故意もしくは過失によりなした不法行為であるから、被告国は国家賠償法一条に基づき、原告らが本件起訴及び起訴休職によつて受けた全損害を賠償する責任がある。

9 被告前原、同岡山の責任

被告前原、同岡山の前記捜査機関に対する虚偽の供述及び公判廷における同趣旨の虚偽の証言は、検察官の違法な公訴提起及び公判維持並びに本件起訴休職処分に決定的な根拠原因を与えたものであるから、右被告らは、民法七〇九条、同七一九条に基づき、原告らが本件起訴及び休職処分によつて受けた全損害につき、被告国と連帯して賠償責任を負うことは明らかである。

10 原告らが本件起訴及び起訴休職によつて受けた損害は多岐にわたるが、とりあえず左記の損害の賠償を被告らに求める。

(一) 起訴休職による給与等の損失

(原告本田について)

本件起訴休職処分がなければ、昭和四四年一二月より昭和五〇年六月までの期間中原告本田が得られた本俸、調整手当暫定手当、夏季、年末、年度末の各手当の総額は、金六五七万二一六八円であるところ、本件起訴休職処分により、右期間中の定期昇給は停止されたうえ、昭和四四年一二月二六日以降昭和四九年六月一二日までの間は右本俸及び諸手当の六〇パーセント、同月一三日以降昭和五〇年六月二五日までの間はその三〇パーセントしか支給されず、前記期間中現実に支払を受けた本俸及び諸手当の総額は金三〇五万二一七九円であつた。

したがつて、原告本田は、その差額の金三五一万九九八九円の給与等の得べかりし利益を喪失したことになる。

(原告田中について)

本件起訴休職処分がなければ、昭和四五年一月より昭和五〇年六月までの期間中原告田中が得られた本俸、調整手当暫定手当、夏季、年末年度末の各手当の総額は、金六九二万一六〇一円であるところ、本件起訴休職処分により、右期間中の定期昇給は停止されたうえ、昭和四五年一月二日以降昭和四九年六月一二日までの間は右本俸及び諸手当の六〇パーセント、同月一三日以降昭和五〇年六月二五日までの間はその三〇パーセントしか支給されず、前記期間中現実に支払を受けた本俸及び諸手当の総額は金三一七万九一八四円であつた。

したがつて、原告田中はその差額の金三七四万二四一七円の給与等の得べかりし利益を喪失したことになる。

(二) 慰謝料

原告らは、昭和四四年一二月、全く身に覚えのない嫌疑により、突然、逮捕、起訴され、以後五年半にもわたり、理不尽にも、被告人の座にしばりつけられたうえ、職場から排除され、賃金についても四〇パーセントから七〇パーセントもカツトされるという苛酷な不利益を強いられてきた。その精神的苦痛と屈辱感は、はかりしれないものがある。

また、原告らにとつて、無罪、復職をかちとるまでの五年半余りの歳月は、将来の身分上、生活上の不安をかかえながら、自己の潔白を立証し、刑事被告人といういわれのない汚名を晴らすことにすべて費されたといつても過言ではなく、その労苦と犠牲は余りにも大きい。

更に郵政職員として五年半の勤続の空白は、将来にわたつて有形無形の人事上の不利益取扱いを免がれない。

こうした事情を考慮すれば、原告らに対する慰謝料としては少なくとも各金二〇〇万円を相当とする。

11 結論

よつて原告らは、損害賠償請求として、被告らに対し、各自、原告本田については、金五五一万九九八九円、原告田中については、金五七四万二四一七円及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求の原因に対する被告国の認否

1 請求原因1ないし4の事実は、いずれも認める。

2 同5(一)の事実は認める。

同5(二)の事実は否認する。福岡地方裁判所の判決は、被告前原の捜査段階以来の「原告田中が頭突きのかつこうで前原の腹のあたりに突つこんできた。それで前原は二、三歩よろめいて後退しながら、あおむけに倒れた旨の供述部分」及び被告岡山の公判段階の「同趣旨の供述部分」に対して、「これらは、前原及び原告田中の各成傷の部位にかんがみ、またその間の情況をよく注視していた証人太田光弥の供述に照らし、いずれも信用することができない。」と判示したものであり、福岡高等裁判所の判決もこれを支持したものである。

同5(三)(四)の主張は争う。

3 同6事実のうち昭和四四年一一月二六日の事件当時、被告前原が郵政監察官として福岡中央郵便局に派遣されていたこと及びその職務内容は同郵便局の業務運行状況の調査、並びに非違等の調査、処理等であつたことは認めるが、同岡山は、熊本郵政局人事部管理課に勤務し、かつ福岡中央郵便局に兼務を命ぜられていた郵政事務官として、同郵便局の業務運行の確保、労務管理事務処理等のため派遣されていたものである。その余の主張は争う。

4 同7(二)の事実は認める。同7(四)の事実のうち、原告らが捜査の段階から被疑事実を否認していたこと、原告の従事していた職務が郵便取扱い業務であること及び起訴後原告らが身柄を拘束されていなかつたことは認めるが、その余の主張は争う。同7(三)、(五)の主張は争う。

5 同8の主張は争う。

6 同10(一)の事実につき、本件休職処分がなければ休職期間中原告らが得たであろう俸給、調整手当及び期末手当の推計総額は、原告本田については金六四九万九九八七円、原告田中については金六〇〇万五一五九円であり、休職期間中原告らに支給した額は、原告本田について金三一三万九二〇四円、原告田中について金三一五万九〇九一円である。同10(二)の主張は争う。

三 請求の原因に対する被告前原、同岡山の認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、原告らが、昭和四四年一二月二二日福岡地方検察庁検察官により、公務執行妨害、傷害の訴因で福岡地方裁判所に公判請求をされたことは認め、その余は知らない。

3 同3の事実のうち、福岡中央郵便局長が、本件起訴を理由に国公法七九条二号に基づき原告らを休職処分に付したことは認め、その余は知らない。

4 同4の事実のうち、福岡地方裁判所が昭和四九年五月二九日原告らに対し無罪の判決を言い渡したこと及び福岡高等裁判所が昭和五〇年六月一二日控訴棄却の判決を言い渡し、同月二七日原告らの無罪が確定したこと並びに福岡中央郵便局長が原告らを復職させたことは認め、その余は知らない。

5 同6の事実について、昭和四四年一一月二六日当時被告前原は郵政監察官として福岡中央郵便局に派遣されていたものであり、被告前原の供述が国家公務員たる郵政監察官としての職務を行なうにつきなされたものであること及び被告岡山が当時熊本郵政局人事部管理課に勤務し、かつ福岡中央郵便局に兼務を命ぜられていた郵政事務官の地位にあつて福岡中央郵便局に派遣されていたものであり、被告岡山の供述は、国家公務員たる郵政事務官としての職務を行なうにつきなされたものであることは認めるが、その余は争う。

6 同9の事実のうち、被告前原、同岡山が捜査機関に対して虚偽の供述及び公判廷において虚偽の証言をしたことは否認し、その余の主張は争う。

すなわち、原告の主張が、被告らの虚偽の供述をもつて国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行なうにつき違法に他人に損害を加えたものというのであれば、国家賠償法一条により、原告らは公務員個人である被告らに対し損害賠償を請求できないことは明らかである。

仮にそうでないとしても、刑訴上、公訴の提起は、国家訴追主義がとられ(同法二四七条)、しかもいわゆる起訴便宜主義が採用されている(同法二四八条)こと、及び起訴休職処分についても、任命権者が、公判請求がなされたことに基づいて起訴休職制度の趣旨、目的から休職処分に付するのが相当と判断してなされるものであるから、被告らの捜査機関等に対する供述と本件公訴及び起訴休職処分による原告らの損害との間には相当因果関係がない。

7 同10の主張は争う。

第三証拠<省略>

理由

第一はじめに

請求原因1ないし4の各事実のうち、原告ら及び被告前原、同岡山が昭和四四年一一月当時原告ら主張の各地位にあつたこと、原告ら主張のとおり本件刑事事件が起訴され、第一審、控訴審とも無罪判決が言い渡され確定したこと及び原告らに対し本件起訴休職処分の措置がとられ、右無罪判決が確定した後に取り消されたことは、当事者間に争いがない。

原告らは、(一)、検察官が本件刑事事件の公訴を提起し、これを追行したこと、及び第一審で無罪判決が言い渡されたにもかかわらず控訴したこと、(二)、福岡中央郵便局長が本件起訴休職処分の措置をとつたこと、また第一審で無罪判決が言い渡された後も本件起訴休職処分を継続したこと、(三)、被告前原、同岡山が虚偽の被害事実を捜査機関に供述しかつ公判廷において同趣旨の証言をしたことは、いずれも故意もしくは過失による違法な行為であると主張し、被告国に対しては国家賠償法に基づき、また被告前原、同岡山に対しては不法行為に基づき、それぞれ、原告らが本件起訴並びに起訴休職処分によつて被つた損害の賠償を求めているので、以下順次検討を加える。

なお、書証の成立につきすべて争いがないことは前記証拠欄記載のとおりであるから、理由中では書証番号のみを掲記することとする。

第二公訴の提起、その追行について

一 本件刑事事件の経過

前記当事者間に争いない事実、甲第五号証、第八号証、第二五号証の三、四、第三四号証の三、第三六号証の三、第四三号証の三、第四七号証の三、第四九号証の三、第五一号証の三、第五二号証の三、第五四号証の三、第五六号証の二、第六〇号証の三、第六一号証の三、四、第八二号証の三、第八七号証の一、二、第九九号証の三ないし七、第一〇三号証、第一〇四号証、乙第一一ないし三六号証、第七七ないし第八〇号証に弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

福岡中央郵便局全逓信労働組合(全逓労福岡中央支部)は、当局側との労働基準法三六条による超勤協定(いわゆる三六協定)が昭和四四年一一月一五日の経過により失効し、全逓労中央本部から、年末闘争の内容としての勤務時間短縮、合理化反対などの諸要求の実現をはかるため再協定を結ぶな、との指令もあつて、同月一六日から遵法闘争の一環としていわゆる物だめ闘争を実施し、その結果同郵便局では郵便物が滞留しがちであつた。

右闘争に対処するため、福岡中央郵便局は、同月二〇日以降当時の熊本郵政局(現在の九州郵政局)に応援を求め、右郵政局などから管理職者及び非組合員の職員が数十人派遣され、福岡中央郵便局兼務として、同郵便局の管理職者らとともに郵便現場職員の指導、集団抗議の制止など職場規律の確立の任務に従事した。右管理職者らは、郵便業務に従事中の職員の後ろでストツプウオツチなどを用いて職員の仕事ぶりを管理したり、各課室の出入口に警戒線を張つて勤務者の出入りをチエツクしたり、勤務者以外の者の入室を阻止したりした。また、右出入口などの壁には、勤務関係者以外の者の無断入室を禁止する旨の張り紙が貼られてあつた。そして、同月二六日ころは、右のように、全逓労福岡中央支部の闘争と、管理職者らの業務遂行確保、労務管理のための活動により、右郵便局内は騒然とした状態であつた。

右のような状態の中で、同日午後一時三〇分ころ、同郵便局二階の第一集配課西側入口付近において本件刑事事件(請求の原因2の事実)が発生したとして、福岡警察署(現在福岡中央警察署)及び福岡地方検察庁は、捜査を開始し、被害者たる被告前原及び同岡山をはじめとして、事件当時同人らと一諸に警戒線を張つていた訴外志田武申、同中嶋静夫、同大平仁、同太田光弥らから事情を聴取し、供述調書を作成するとともに、福岡中央郵便局庁舎の実況見分を施行する等の捜査活動を行なつた後、同年一二月二〇日原告ら両名を逮捕し、取り調べ、供述調書を作成したうえ、福岡地方検察庁検察官は同月二二日福岡地方裁判所に対し、請求原因2に記載のとおりの訴因で公訴を提起し、同時に職権による勾留を求めたが、同裁判所は職権を発動せず、結局原告らは、身柄不拘束の状態で公判に臨むことになつた。

起訴後、被告人両名(原告ら)は、その所属する労働組合を異にしたため弁論が分離され、個別に審理されたが、一方で取り調べた証人を他方に対してはその尋問調書を書証として取り調べる等の方法により、ほぼ同時に併行して審理が進められ、ともに昭和四九年五月二九日無罪の判決が言い渡された。

第一審の無罪判決に対し、検察官は、同年六月一二日福岡高等裁判所に控訴の申立てをなし、控訴審においても第一審と同様の審理方法がとられ、第一審で取り調べられた証拠のほか、新たに検察官の請求により四名の証人尋問がなされたが、福岡高等裁判所は、昭和五〇年六月一二日控訴棄却の判決を言い渡し、同月二六日の経過をもつて原告らの無罪が確定した。

二 検察官の起訴及び公訴追行の違法について

1 右に述べたように、原告らに対する本件刑事事件においては、無罪の判決が確定した。

しかしながら、一般に刑事事件において無罪の判決が確定したということだけで、直ちに公訴の提起、追行が違法となるというべきではない。けだし、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならないのであるから、起訴時あるいは公訴追行時における各種証拠資料を総合勘案して、合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解されるからである(最高裁判所昭和五三年一〇月二〇日判決、民集三二巻七号一、三六七頁)。

したがつて、客観的に犯罪の嫌疑が十分であり、有罪判決を期待しうる合理的根拠があるかぎり、検察官の公訴提起、追行等の行為を違法ということはできず、右のような合理的な根拠がないにもかかわらずあえて公訴を提起、追行した場合にはじめてこれらの行為が違法の評価を受けるものというべきである。

そこで、右の見地から本件について検討を加える。

2 検察官が起訴当時有していた証拠資料に基づき、本件刑事事件において証明しようとした被告人らの具体的被疑事実は検察官の冒頭陳述書(甲第一八号証の五、第二九号証の三)第三項によれば次のとおりである。

(1) 被害者等の具体的職務権限

熊本郵政局から派遣され、福岡中央郵便局兼務を命ぜられた志田武申、大平仁、大田光弥、中山初吉、岡山信一(被告)の五名及び同局郵便課長代理中嶋静夫は福岡中央郵便局長の有する庁舎管理権に基づき、同局長の命により、昭和四四年一一月二六日午前七時三〇分以降、第一集配課西出入口付近において、当該職務遂行以外の目的をもつて第一集配課に入室しようとする者を見張り、入室しようとする者がいた場合には、これに警告を与え、又は制止し、もつて第一集配課の業務の運行を確保する職務に従事しており、郵政監察官前原清司(被告)、福井敏広の両名は室内にあつて、第一集配課の業務の運行状況及び非違等の調査並びに資料収集業務に従事していた。

(2) 犯行状況

同日午後一時三〇分頃第一集配課に赴いた被告人田中(原告)は同所入口において見張りをしていた大平仁と「通せ通されん」の押し問答をしていた際、第一集配課課員で、同室内にいた被告人本田(原告)が「どけどけ通さんか」と言いながら、室外に出て被告人田中と何か耳打ちをした後、便所に行き、便所のドア付近から被告人を呼び寄せ、やがて両名相伴なつて便所に入つたが、間もなく便所から出てきた両名は右入口付近において、被告人田中、同本田の順で、縦一列に並んだが、その際第一集配課課員で同室内にいた石村昌広が、「どけどけ」と言いながら室外に出てきて、同室に対面して右被告人らの前に立ち、お互いに縦に並び、頭を低く下げて、前者の腰を両手で抱き、前記大平、志田の間隙を縫つて同室内に入ろうとし、これを阻止しようとした右大平と暫時もみ合つたが、突然被告人らは方向を変え、被告人田中の入室を阻止しようとしていた前記岡山の肩に触れるようにして室内に侵入し、同人の左後方で、右被告人らの違法状態を現認し、写真撮影しようとしていた郵政監察官前原清司の腹部に頭突きを加えて、右前原及び岡山をその場に転倒させ、よつて右前原に対して、加療約三日間を要する右手関節部擦過傷等の傷害を与えた。

3 一方、検察官が本件起訴当時有していた証拠資料は、少なくとも、実況見分調書(乙第一一号証)、外科病歴票(乙第一二号証)、福井敏弘撮影の写真(乙第一四号証)のほか、古賀克明(乙第一四号証)、被告前原清司(乙第一五、一八、二三、二四、三〇号証)、同岡山信一(乙第一六、二五号証)、福井敏弘(乙第一七、二六号証)、中嶋静夫(乙第一九、三一号証)、志田武申(乙第二〇、二七号証)、太田光弥(乙第二一、二八号証)、大平仁(乙第二二、二九号証)、原告本田(乙第三二、三四、三六号証)、同田中(乙第三三、三五)の司法警察員ないし検察官に対する供述調書が存したことが認められる。

そして、原告らの右供述調書によれば、原告らは、被疑者段階から一貫して、本件起訴事実につき、共謀したことも、暴行したことも否認していることが認められる。

これに対し、前掲証拠のうち被害者たる被告岡山、同前原の各供述調書には、本件公訴事実どおりの被告人ら(原告ら)の暴行を体験したこと、また被害者らと一諸に警戒線を張つていた太田光弥の供述調書には、右暴行を現認した旨の、更に福井敏弘、中嶋静夫、志田武申、大平仁の各供述調書には、原告田中が警戒線を突破して原告本田と共に第一集配課室内に入つた直後、被告前原、同岡山が仰向けに倒れ、原告田中が右倒れた被告前原の上にかぶさるようになつているのを現認した旨の、それぞれ相当詳細な記載があり、これらの証拠によれば、前記冒頭陳述書の「犯行状況」記載のような事実があつたことを認めるに難くなく、よつて本件公訴事実は、これらの証拠により十分立証しうるものと考えられる。

そこで、これらの供述調書の信用性が問題となるが、前記実況見分調書に福井敏弘、中嶋静夫、志田武申、大平仁の各供述調書を総合すると、

本件刑事事件の現場となつた第一集配課西出入口は、約一・九五メートルの幅しかなく、そこに約八名の管理職者らによつて警戒線が張られて勤務者以外の者の入室が阻止され、部外者が入室するのは容易ではなかつたこと、原告田中は当時停職処分を受けており勤務者ではなかつたが、本件刑事事件発生の直前に右出入口付近に赴き、管理職者らとの間で「入れろ」、「入れない」等の押し問答をしていたこと、そして右押し問答の際、勤務中の原告本田が室内から出て、原告田中に耳打ちをし、更に出入口付近の便所のドアから原告を手招きして呼び寄せ、ともに便所に入り、その後両名そろつて同所から出てきて、警戒線の前に原告田中、同本田の順で縦一列に並び、原告田中及び同人の腰を両手で抱き後ろに続いていた原告本田が前かがみの姿勢で室内に入ろうとしたこと、

が各認められ、これに反するような事実を認めうる資料があつたことの証拠はない。

また原告本田の供述調書(乙第三二号証)によれば、同原告は、捜査段階において、共謀及び暴行の故意があつた点については否認しているものの、原告田中と耳打ちをしたことや自分の胸と原告田中の背中が接触していたかもしれないことの各事実を認める旨の供述をしており、原告田中の供述調書(乙第三三号証)にも耳打ちの事実を認める旨の記載がある。

4 以上の事実及び本件刑事事件発生当時の福岡中央郵便局の前記一、のような状況から考えると、被害者たる被告前原、同岡山の供述は、これを虚構であるとして排斥することができにくい事実らしさを具備していたものと認めるのが相当で、しかるときは、検察官が右の供述に信頼を置き、他の証拠資料との関連を検討して、原告らに犯罪の嫌疑があり、かつ適切な訴訟活動を行なえば有罪判決をうる高度の蓋然性があるものと判断して本件刑事事件を起訴し公訴を追行したことには、一応合理的な根拠があるものというべきで、よつてこれをもつて違法であるということはできない。

三 検察官の控訴の違法性について

原告らは、第一審において無罪判決が言い渡されたのに対し、検察官が、事実誤認を主張する根拠は全く存しないのにあえて控訴し、控訴審の公判維持を図つたのは、公訴権の合理的な裁量範囲を著しく逸脱した違法なものである旨主張するので検討する。

一般に、検察官は社会秩序維持の第一線に立ち、公訴権行使の任にあたる唯一の国家機関であるから、その権限の行使は厳正、中立であらねばならないことは当然であるけれども、裁判所に対する関係においては、公訴権行使の正当性を主張、立証する当事者の一方(民事的にいえば原告)の立場にあると考えられる。もちろん、検察官は公益の代表者として、同時に相手方たる被告人の人権をも尊重しながらその職務を遂行すべきであることはいうまでもないとしても、第一審裁判所の判断に対し不満があれば不服申立てとして控訴の手続をとることが刑事訴訟法上許されているのであるから、たとえば、公訴提起後有力な反証が発見、提出されたとか他に真犯人が検挙されたとかいつた、原審の判断が変更される可能性がなく、したがつて控訴申立ての合理的な根拠を欠くと考えられる場合は別として、単に検察官が提出した証拠についての価値判断を異にした結果第一審において無罪判決の言渡しがなされたような場合には、控訴審における判断がすべて原審におけるそれと同一であるとは限らないのであるから、検察官が既に提出した証拠及び新たに提出する証拠について上級裁判所の評価、判断を求めて控訴することは許されて然るべきであり、仮に控訴審でも無罪の判断が維持されたからといつて、直ちに検察官の控訴をもつて違法と断ずることはできない。

本件の場合、判決書(乙第七七、七九号証)の記載によると、第一審裁判所は、原告らが前後に連なつて警戒線を突破し第一集配課室内に入つたこと、原告田中が被告前原の右半身に右肩から突き当たり被告前原、同岡山が転倒したこと、及び被告前原が負傷した事実などは認定しているのであつて、ただ、原告田中の行動につき、第一集配課室内に入ろうとして被告岡山に前進をはばまれたので、同人を避けて同人と前原との間を通り抜けようとしたものの、後ろから原告本田が原告田中の腰のあたりに両手をあてがつて続いていたことなどのため行動が思うにまかせず、被告前原を確実に避けることができないで、同人の右半身に右肩を突き当てたのではないかという疑いをさしはさむ余地があるとして、結局原告田中の暴行の故意を認めるに足りる十分な証拠がないとし、かつ原告田中と同本田の間に管理職者らを突きのけてまで入室を強行しようという謀議が成立していたものと推認することも出来ない旨判断して無罪の判決を言い渡したものである。

しかしながら、第一審の公判で書証として取り調べられた前掲被告前原の検察官に対する供述調書(乙第二三、二四号証)及び証人として取り調べられた被告前原、同岡山の各供述(甲第四七号証の三、第五四号証の三)には、「田中が頭を下げて、前かがみのかつこうで前原の腹のあたりに突つこんできた。それで前原は、二、三歩よろめいて後退しながら仰向けに倒れた。」という趣旨の記載ないし供述があり、また、証人中嶋静夫(甲第三四号証の三)の供述も、それに副うものである。

第一審判決は、これらの証拠に対して「前原及び田中の各成傷部位にかんがみ、またその間の情況をよく注視していた証人太田光弥の供述に照らし、いずれも信用できない。」と判示している。しかし、この太田の供述とは、甲第八二号証によれば、要するに「田中は体をいくらか前方へかがめていたが、頭は上げたままだつた。そして、前原の右半身に右肩から突き当たつたようであつた」というものであつて、頭突きの事実を否定しているにすぎないのである。

以上によれば、第一審裁判所は、検察官の主張する公訴事実に対し、人違いであるとか、そうした事実を認めるに足りる証拠が全く存しないとか判断したわけではなく、その事実を認めうる証拠であるところの前記被告前原ら及びそれに副う証人らの各供述を信用できないものとし、被告人たる原告ら及びそれに副う証人らの供述を採用したものであつて、第一審裁判所が公訴事実を認めなかつたのはひつきよう証拠の取捨選択の問題につきるものである。(しかも、右判決の判文に照らすと、第一審裁判所が原告らを無罪としたのは、訴因の外形的事実の存在を全く否定したからではなく、むしろ、原告田中と被告前原との接触の態様にかんがみ、原告らに犯行の故意ないしその共謀の事実を認めることに疑問がある、と判断した結果であることは前示のとおりである。)

そして、第一審で信用できるものとして採用された証人太田光弥の証言は、事件発生後四年三か月を経たものであり、同人は、事件直後の捜査段階においては、乙第二一号証及び乙第二八号証によると「田中は、上半身を前かがみにして、頭付近から前原の腹部から下半身にかけて突き当たつた」旨供述していること、また右第一審判決においても、原告本田が第一集配課室内から出てきて、出入口に居た原告田中になにごとか小声でささやき、更に、付近の便所のところへ同原告を手招きして呼び寄せ、やがて原告両名が便所から出てきて警戒線の前に原告田中を先にして縦に並んだこと、その後前示のように原告らが連なつて警戒線を突破し、室内に入つた事実などを各認定していること等を併せ考えると、証拠ないしそれによつて認定できる事実の評価の如何によつては、控訴審において異なつた判断がなされる可能性があると期待しうる状況にあつたものというべきである。

したがつて、本件において、公訴権行使の職責を負う検察官が第一審判決を不満として控訴申立てをしたことは、何ら合理的根拠を欠くものとはいえず、公判を遂行するに当たつての合理的な裁量範囲を逸脱しているとは認められないから、違法はなく、この点に対する原告らの主張も理由がない。

第三起訴休職処分について

一 本件起訴休職処分の存在

前記当事者間に争いのない事実、原告本田、同田中各本人尋問の結果によると、福岡中央郵便局長は、本件刑事事件の起訴を理由として、原告本田に対しては昭和四四年一二月二六日付で、原告田中に対しては昭和四五年一月二日付で、国公法七九条二号に基づき原告らを休職処分に付し、右同日以降原告らに対し給与の六〇パーセントを支給する措置をとつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。(以上は被告国との関係ではすべて争いがない。)

二 本件起訴休職処分の違法性について

1 国公法七九条二号は、起訴休職処分の要件として職員が刑事事件に関し起訴されたことを規定するにとどまる。しかし任命権者は、右要件が存在すれば他に何らの制約もなく自由裁量により起訴休職処分をなしうると解すべきでなく、右裁量権は、後述の起訴休職制度の目的及び効果等に照らし相当な範囲に制約され、この範囲をこえる処分は違法として取消しを免れないと解すべきである。

2 ところで証人川村幸太郎の供述によれば、起訴休職処分の具体的運用については、郵政省と全逓信労働組合(本件起訴休職処分発令当時原告らが所属していた。)との間には「休職の取扱いに関する協約」(昭和四三年一二月締結―乙六七号証)が存しており、また「職員の休職の取扱いについて」と題する郵政大臣官房人事部長通達(乙第八号証)が発せられ、これらによつて起訴休職の実際の運用が行なわれていたものと認められる。

右協約二条二項は「起訴にかかる休職は、その事案によりこれを行なわないことができる」と規定し、更に通達によると、同協約において「休職を行わないことができる場合とは、当該事案が職務上と否とにかかわらず軽微であつて、その情が軽いか、あるいは本人が当該事案を否認する等して裁判の結果を待つ要があり、かつ、いずれも本人を引き続き職務に従事せしめても支障がないと客観的に認められる場合に限るものとする。」「刑事事件に関し起訴された者についてはあらかじめその事案の内容をは握するため、本人及び検察庁その他関係方面について十分調査検討のうえ、休職を発令するかどうかを決定する」ものとしており、これらにかんがみても、職員が起訴された場合、休職処分を行なうかどうかが任命権者の自由な裁量に委ねられているものとは認められず、そこには一定の客観的制約があるものと解される。

3 そこで起訴休職制度の趣旨、目的、効果について考察する。国家公務員は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たつては全力を挙げてこれに専念しなければならず(国公法九六条一項)、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、政府がなすべき責めを有する職務にのみ従事しなければならないし(同法一〇一条一項)、またその官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない(同法九九条)のである。ところで右のような義務の遂行は、職員に対し公訴が提起されると、次のように妨げられることがある。すなわち、刑訴法上、起訴された者は、有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受けるけれども、起訴された事件に対する有罪率が著しく高いことは顕著な事実であつて、一般的にみれば、起訴された職員は相当程度客観性のある公の嫌疑を受けたものとの社会的評価を免れ難い。そのため、起訴された職員が引き続き職務を遂行すれば、当該職員の地位、職務内容、公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条の如何等によつては、そのような者が現に職務に従事していることによつて、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する支障を生ずることがあるのみならず、その職務遂行に対する国民一般の信頼をゆるがせ、ひいて官職全体の信用を失墜させるおそれがある。

また、刑事被告人は、原則として公判期日に出頭する義務を負い(刑訴法二八六条)、一定の事由があるときは勾留されることもありうる(同法六〇条)ので、そのことによつて前記職務専念義務を全うしえず、職務の遂行に対する支障を生ずるおそれもある。更に、公務員で禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者は、公務員の欠格事由に該当して当然失職することになる(国公法七六条、三八条二号)ので、起訴されて将来失職するかもしれない不安定な地位にある者を引き続き職務に従事させることが適当でない場合もありうる。

起訴休職制度は、以上のような種々の支障を生ずるおそれのある公務員を、その身分は保有するが、一時的に職務に従事させないこととし(国公法八〇条二項・四項)、もつて、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する支障を可及的に排除し、公務員の職務遂行に対する国民一般の信頼ひいて官職全体の信用を保持することを意図するものである。

一方、起訴休職処分が、職員の労働条件に関し多大の不利益を与えることも看過できない。

すなわち、起訴休職処分を受けると、本件のような郵政事業に従事する者の場合、「休職者の給与に関する協定」により、原則として、俸給・諸手当のそれぞれ百分の六〇を受けるにとどまり、昇格昇給についても不利益を被るのみならず、人事院規則一一―四「職員の身分保障」三条によれば、職員は休職事由の消滅により復職しても定員に欠員がなければなお休職にされるのである。しかも職員は休職中も職員としての身分を保有するから国公法一〇三条、一〇四条により私企業から隔離されこれから収入を得られない。もし職員が公訴事実を争えばなお詳細な証拠調を必要とし公判の審理はそれだけ長期化し、休職による不利益は増大する。その結果職員が無罪の判決を受けても既に失つた給与等は検察官の起訴が故意又は過失により違法とされる場合に限り国家賠償法に基づき回復されることがありうるにすぎない。

したがつて任命権者はこの処分により職員に与える労働条件上の不利益についても考慮を払わなければならない。

以上の見地から、本件起訴休職処分の相当性の有無を考察することにする。

4 原告らが、本件処分当時、いずれも福岡中央郵便局に勤務する郵政事務官であつたことは、当事者間に争いがなく、原告本田の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告らは、郵便物の集配、分類という単純な機械的作業に従事していた者であり、裁量の範囲のない職務であつたことが認められる。

また前述のとおり、原告らは、起訴と同時に勾留の必要性がない旨裁判所により判断され、直ちに釈放され、身柄不拘束のまま公判に臨んでいること、本件のような事案の場合、公判は、せいぜい月に一回程度であることは当裁判所に顕著な事実であり、そうすると、公判期日が両名にとつて勤務を要する日に指定された場合でも所定の年次有給休暇をとること(原告本田の本人尋問の結果によれば、年二〇日間あつたことが認められる。)等によつて、職務専念義務の遂行に何ら支障を来たさないことが可能であつたことが各認められる。

加えて、原告らは、被疑者段階から一貫して本件公訴事実を否認しており、このような場合、検察官が提出する証拠としての供述調書群を被告人、弁護側がすべて同意するとはとうてい考えられず、そうすると結局多数の証人調を要し、裁判が長期化する傾向があることも裁判所に顕著な事実であり、したがつて休職処分をすれば、それが長びくことが当然予想される。

以上の事実からすれば、本件起訴休職処分をなす必要性は少なかつたのではないかと一応はいいうる。

5 しかしながら、原告らはなるほど勾留はされていなかつたものの、公判期日に出頭する義務を負うほか、訴訟の準備や証拠の収集の必要があり、また公判中に職権により勾留される可能性が全くないとはいいきれない等の事情を併せ考えると、職務専念義務に影響がないということはできない。

また、本件刑事事件は、乙第三号証の一、二によると、当時新聞等により一般に報道、公表されたことが認められ、前記本件刑事事件の経過において述べたように、当時原告ら所属の組合が行なつていたいわゆる物だめ闘争による郵便物の遅配と併せて、世間の耳目を引いたことは、明らかである。

そして、本件公訴事実は、職場内において警戒線を張つていた上司に対し、暴行を加え、傷害を与えたというものであつて、仮にそれが事実とするならば、国民一般の強い非難に値する内容のものであり、原告らがこのような刑事事件で起訴されたということは、原告らに信用失墜行為があつたという疑惑を世人に生じさせるようなものであつたといわざるをえない。

したがつて、公務又は官職に対する対外的信用の保持という観点から見れば、原告らの就業を停止することもやむをえなかつたものと考えられる。

また、本件刑事事件は、原告らの職場内で多数の職員が職務に従事している面前で発生したものであり、その内容としては、停職中でその直前にもこれを理由に入室を制止された原告田中が、現に勤務中の原告本田と共謀のうえ、二人で一列になつて入室を強行し、結果として被告前原に衝突し、同人らを転倒負傷させたというものであつて、仮にそれが事実だとすれば、職場の秩序や規律を乱し、業務の運営に多大な障害になることは、いうまでもない。そしてこのような行為をしたということで起訴された原告らが、依然として職場に留まることは、他の職員の勤労意欲、作業能率の低下を来たし、職場の秩序が混乱するだろうことは当然予想されるところである。

以上によれば、職務の遂行、職場の秩序維持、国民の信頼への影響のいずれの点からみても、起訴当時における本件起訴休職処分は、十分な合理性、必要性があるものというべきであり、前記のような原告らに有利な事情を考慮しても、本件起訴休職処分は、まことにやむをえないものというほかはなく、裁量権の範囲を逸脱しているということはできない。

よつて、本件起訴休職処分を違法とする原告らの主張は失当である。

三 本件起訴休職処分を継続した違法について

1 福岡地方裁判所が昭和四九年五月二九日原告らに対し本件刑事事件につき無罪の判決を言い渡したが検察官が控訴したこと、及び福岡高等裁判所が昭和五〇年六月一二日右事件につき控訴棄却の判決を言い渡し、同月二六日の経過をもつて原告らの無罪が確定したことは前示のとおりである。

そして、原告本田、同田中の各本人尋問の結果によると、右第一審無罪判決言い渡し後も福岡中央郵便局長は、検察官が控訴したという理由で本件起訴休職処分を継続し、昭和四九年六月一三日付で原告らに支給する起訴休職給を給与等の三〇パーセントに減額する措置をとつたこと及び右控訴棄却の判決により原告らの無罪が確定した昭和五〇年六月二七日に本件起訴休職処分を取り消し、原告らを復職させたことが認められる。(以上は被告国との関係では争いがない。)

2 証人川村幸太郎の供述及び弁論の全趣旨によれば、右のような措置をとつたのは、前記通達(乙第八号証)の六条二項但書の「ただし本人が控訴しまたは控訴された場合は、移審の効果を生じた日以降判決確定の日まで、所定給与種目のそれぞれ百分の三〇を支給する。」という文言を根拠にしたものと認められる。(なお、国公法八〇条二項は起訴休職の期間を「その事件が裁判所に係属する間とする。」と定めている。)

3 しかしながら、前述のように、そもそも起訴休職処分は、公務員たる職員が、起訴された時は当然になされるものというべきでなく、任命権者において、諸事情を検討して相当であると認めたときに処分すべきものと解され、したがつて、一たん起訴休職処分がなされたとしても、その後の事情変更により休職処分をなすべき実質的理由が消滅したり、あるいは休職処分をなすべき実質的理由がなかつたことが事後に判明したような場合には、当該刑事裁判がなお係属中であつても、任命権者において速やかに処分の取消しをなすべきであると解するのが相当である。

(右に述べた国公法八〇条二項の規定は、休職処分の取消しがなされない限りは、裁判確定の日まで継続するという趣旨と解すべきである。)

4 右の見地から、本件起訴休職処分の継続について検討する。

まず、職務専念義務の観点からみると、原告らは、最初から勾留されていなこととは、前述のとおりであるが、加えて控訴審においては、被告人は原則として公判期日に出頭する義務がない(刑訴法三九〇条)のであるから、この点において、起訴休職処分を維持すべき必要性は一層低下したものと認められる。

次に対外的な信頼への影響という観点からみるに、なるほど刑事事件で起訴された者の有罪率がきわめて高く、起訴されたということだけで、一般国民の信頼を低下させることが多いことは前述のとおりである。しかしながら、第一審において無罪の判決がなされた場合には、被告人の無罪の確定は、飛躍的に増加するものといえる。(刑訴法三四五条によれば、無罪判決が言渡されれば、確定しなくても勾留状は、その効力を失うことになる。)

そして、無罪の判決が一たびなされるとたとえそれが確定したものでないとしても、国民一般としては、むしろ被疑事実がなかつたと考えるのが通常であつて、右にいう信頼も大幅に回復されたものと認むべきである。

また、職場の規律、秩序の維持という観点からみても、右に述べたように無罪の推定が強くなつた以上、これを、職務に従事させても職場の規律、秩序が乱されるおそれは少ないものというべく、かえつて、特別の事情のない限りむしろ積極的に職場に復帰させて他の職員らとの一日も早い融和をはかることが望ましいと考えられる。

以上のどの観点からみても第一審において無罪の判決を言い渡されたという事情は、起訴休職処分を継続する合理的理由を著しく減少せしめる要因となると認められる。

そして、原告らの職務内容や、原告らが第一審判決がなされるまで既に四年半もの長期間本件休職処分を受けていた点をも併せ考えると、福岡中央郵便局長が、第一審の無罪判決言渡し後も本件休職処分を継続したことは、本件事案が職場内における暴力事件である点を考慮してもなおその裁量権の客観的範囲を逸脱した違法なものといわざるをえない。

それゆえ、任命権者たる福岡中央郵便局長は、第一審判決の言渡し日である昭和四九年五月二九日付で本件起訴休職処分を取り消(撤回)し、原告らを復職させるべきであつたのに、これを取り消さず維持継続した点に違法があると認められるところ、右行為が国の公務員による公権力の行使としてなされたものであることは弁論の全趣旨により明らかであり、かつ同局長には少なくとも過失があるというべきだから、被告国は、国家賠償法一条に基づき、これによつて生じた損害を賠償する義務がある。

第四被告前原、同岡山の行為について

原告らが主張するように、被告前原及び同岡山の捜査機関等に対する供述等が、検察官の起訴及び公訴維持並びに郵政当局の本件起訴休職処分の発令に対し、一個の資料となつたことは、推認するに難くないところである。

しかしながら、我国の刑事訴訟法上、公訴提起は検察官がこれを行なうという国家訴追主義が採られている(同法二四七条)ばかりでなく、犯罪の嫌疑が十分であれば必ず公訴が提起されるというものではなく、「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」等を総合勘案して検察官が起訴相当と判断した場合に初めて公訴が提起されるという起訴便宜主義が採られている(同法二四八条)のであり、また起訴休職処分にしても、前示のとおり、公訴提起がなされたということのみで直ちにこれが行なわれるものではなく、任命権者が起訴休職制度の趣旨、目的からみて当該公訴提起を受けた者を休職処分に付すのが相当であるか否かを判断してなすものであつて、それぞれ検察官又は任命権者に裁量権が認められているのであるから、被告らの右行為と原告らが本件起訴等及び休職処分により被つたと主張してその賠償を求める本件損害との間には、法律上の相当因果関係が存しないといわざるをえない。

よつて、被告前原、同岡山の捜査官に対する供述及び公判における供述が虚偽であつたかどうかなどの点につき検討するまでもなく、右各供述行為を理由とする被告らへの本訴請求はいずれも失当というべきである。

第五原告らの損害

以上のとおりで、結局被告国は、福岡中央郵便局長が本件刑事事件の第一審判決言渡し後も本件起訴休職処分を取り消さず、これを維持、継続したことにより原告らが被つた損害を賠償すべきこととなるので、以下右損害額につき検討する。

一 原告らの給与等の損失額について

原告らは、本件起訴休職処分のために得られなかつた給与等の総額(全休職期間中のもの)は請求原因10(一)に記載のとおりである旨主張するが、右主張額を認めるに足りる具体的証拠はない。

しかしながら、被告国の主張によると(請求原因に対する答弁6)、右損失額は原告本田につき金三三六万〇七八三円、同田中につき金二八四万六〇六八円となることが計算上明らかで、そうすると、右金額の範囲内では原告らの損失額は当事者間に争いがないものとみてよいから、右金額を基礎にして考察する。

前述のように本件起訴休職処分が違法とされるのは第一審判決が言い渡された昭和四九年五月二九日以降であるから、減給の割合と期間により、右全損失額のうち、右同日以降の分を算定することとする。

原告本田が、昭和四四年一二月二六日に、原告田中が昭和四五年一月二日に本件起訴休職処分をうけ、以後給与等の六〇パーセントを支給されたこと、昭和四九年六月一三日検察官が控訴したことを理由として以後給与等の三〇パーセントを支給されたこと、昭和五〇年六月二七日に右無罪判決が確定したことにより本件起訴休職処分が取り消されたことは、前示のとおりである。

したがつて、減額支給のうち、原告本田については、昭和四四年一二月二六日から昭和四九年五月二八日までの計一六一五日間(この間の支給率六〇パーセント)は適法、同月二九日から同年六月一二日までの一五日間(この間の支給率六〇パーセント)及び同月一三日から昭和五〇年六月二六日までの三七九日間(この間の支給率三〇パーセント)は違法な処分であり、原告田中については、適法な処分の期間が原告本田より七日間少ないだけで他は、原告本田と同一である。

右に述べた期間及び支給率を基礎として計算した、原告らが違法な休職処分の継続によつて被つた給与等の損失金額は、別紙計算書のとおり、原告本田につき金九九万三九八二円、原告田中につき金八四万四三二八円となる。

二 慰謝料について

原告らが昭和四九年五月二九日第一審において、無罪の判決を受けたにもかかわらず、福岡中央郵便局長が本件起訴休職処分を継続し、同年六月一三日には更に給与等の支給率が減らされたことは、右に述べたとおりである。

そして、原告本田の本人尋問の結果によれば、休職処分を受けると俸給が減額されるばかりでなく退職金の算定等につき不利益になることが認められるほか、将来にわたり有形、無形の人事上の不利益がありうることは裁判所に顕著な事実である。したがつて、原告らが本件起訴休職処分の継続により多大の精神的苦痛を被つたことは容易に推認できる。

そこで右認定のような事情及びその他本件に顕れた諸般の事情を考慮し、当裁判所は、原告らの精神的苦痛に対する慰謝料として、各自金一〇〇万円をもつて相当と思料する。

第六結論

以上認定説示の次第で、原告らの本訴請求は、被告国に対し、原告本田につき金一九九万三九八二円、原告田中につき金一八四万四三二八円とこれらに対する違法行為の後である原告本田につき昭和五一年四月九日から、原告田中につき同月二日から(いずれも訴状送達の日の翌日)支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、被告国に対するその余の請求並びに被告前原及び被告岡山に対する請求は全部失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して(仮執行免脱宣言の申立てについては相当でないから却下する。)、主文のとおり判決する。

別紙計算書<省略>

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